僕の大好きなキェシロフスキ:「偶然」

キェシロフスキ・コレクションというDVDのボックスが発売された。代表作9作品を集めたという言い方は、実のところ、この監督の名を日本で高めた「二人のベロニカ」が入っていないことの間接表現だ。
権利関係が複雑なようで、DVD化が難しいみたいです。TVドラマの「デカローグ」のDVDも権利自体が期間限定で、入手は困難になりつつあるようです。僕も買いましたが、引っ越しでどこかにいってしまい、見終わっていません(困ったヤツです>オレ)。
コレクションは3つに分けられているのですが、最初のものは初期の5作品が収録されていまして、それをこれからぼちぼちと見ていくことになるわけですが、あいかわらず多忙かつ気まぐれなので、いつ見終わるのか、気の遠くなる話です。
その中で「偶然」を見ました。紹介文にそれがマルチエンディング映画であることがかかれていたからです。
青年が列車に乗った場合、警備員に取り押さえられた場合、乗り遅れて(元?)恋人に会った場合。
列車を核として、三つに分岐した物語が描かれる、というのです。これは観なければなりません。
以前、虚構化可能掲示
http://www9.plala.or.jp/cgi-bin/wforum/wforum.cgi/fictions/wforum?no=24&reno=23&oya=23&mode=msg_view

「短編」
http://www.kinet.or.jp/kits/tanpen/
に投稿した
「厠へ」
http://www.kinet.or.jp/kits/tanpen/7/8.html
という作品について書いたときに、こういうことを僕は書きました。
パラレルワールドについては、常々思っていることがあって、絵画でいうキュービズムみたいな感じに、一つの小説に、多次元の描写ができないかと思っているのです。つまり、パラレルワールドとして、ある条件(失恋した/しない)で分岐した場面A(子供がいる)と場面B(別の恋人といる)とを、同一の小説内で合成してしまうというようなことです。
そういうわけで、「偶然」を観たのですが、実際には、単に1,2,3と連続しているだけで、パラレルを描く手法として得るモノはあまりなかったというところです。
が、
しかし、すごい映画でした。はっきり言って、マルチエンディングなどということはどうでもいいですね。最後のシーンのあまりにもチープさも、安いフィルムの荒い画面も、そういうことを気にさせない展開でした。
どちらかといえば、二時間に3つの人生を描こうとしたために、内容が盛りだくさんになっているのを、説明的なシーンを廃して、どんどん展開して、処理していることです。主人公の「父」存在がこの映画のキーとなっているのに、序盤で描かれる父がどんなヤツだか、もうなんだかわからない。
父が主人公におばさんを○○さんだよ、と紹介したら、もう次には、主人公が家に帰ると、父がそのおばさんのスカートをめくっていて、場面が変わると、遺体を解剖しているシーンになってそれは、医学生の主人公が恋人と出会う場面で、その次には、父に電話をして「もういいんだ」なんていわれる。
整合性のある物語がきっと背後にあるのだろうと思うのだが、印象的なところ「だけ」を抜き出して、それ以外をばっさり削っているので、どんな風につながるのか、理解できない。できないにもかかわらず、シーン一つ一つは印象的なので、観ていて退屈しない。芸術性におぼれれば、ストーリーは背後に押しやられることになるだろうけど、そうはなっていない。やっぱり背後にはストーリーがある。というか世界がある。人生というものを見つめるまなざしがあり、印象的なシーンや出来事の数々は、ただ印象的なだけでなく、ひとつのテーマのために存在するのだと感じることができる。
不可解な部分も多く残される。主人公の主観的視点で、しかも説明的なシーンがないので、細かい部分、たとえば、脇役たちの職業などははっきりとわからない場合が多い。わからないことは最後までわからない。エッチなシーン、人物に狂気を感じるシーンも多い。
冒頭の解剖シーンでは、いきなり、アップで中年の男の腹をメスで割いているところが映され、それから、徐々に、周囲に白衣を着た人間が映され、女性のひとりが、気分が悪くなって、ドアの方へ移動し、そこに主人公がいて、声をかける。女性は「小学校の先生なの。嫌いだった」という。そして「私のこと見たの初めてよね」と主人公にいう。で、カット、別のシーンへ。
 1.人間の腹がメスで割かれる:ギョッとするシーン
 2.医学生になった女性が解剖の授業で、小学生のときの先生が解剖されるのを見る:運命を感じさせるエピソード
 3.主人公と恋人との出会い:後の伏線
 これが、30秒から1分の1シーンで描かれちゃうんだからね。ほんと、あいかわらず、観る映画、観る映画にヤラレてます。キェシロスフスキ、機会があれば是非、ご覧ください。